慢性の痛み 目指す総合治療

≫読売新聞  くらし 健康医療  2011.10.23  

    

◎医師らNPO設立

 日本では慢性の痛みを抱える人は、成人の2割以上いるとされる。
しかし、痛みだけでは病気とみなされず、軽視する医師が多いのが実情だ。これに対して、「痛みは病気である」と考える医師らがNPOを設立したり、製薬会社が慢性痛に関するセミナーを開いたりする動きも出ている。医学的な証拠に基づいた痛み治療の大切さを、医学生教育や講演会などを通じて、医療関係者や患者に認識してもらおうという狙いだ。

 2010年に医学誌に発表された調査では、日本では20~79歳の約23%が慢性の痛みを抱える。調査に違いがあるため、単純には比較できないが、慢性痛をもつ人は欧州は成人の19%、米国は同9%と日本よりやや少ない。

 欧米の研究によると、慢性痛による経済的な損失は、医療費などの直接損失と、会社の欠勤や失業などの間接損失を含めて、米国で年間約8兆円、欧州で約5兆円に上るという。日本でのデータはないが、英国(1兆5000億円)並みの損失はある可能性が高い。

 経済的な理由だけでなく、最も問題なのは、個人の生活の質が落ちることだ。今年5月に発足したNPO「いたみ医学研究情報センター」(本部・高知市)のメンバーの柴田政彦・大阪大医学系研究科疼痛医学寄附講座教授によると、慢性痛を抱える人は、気持ちが落ち込み、不眠やうつ病になる例が多く、その結果、自殺に至るケースもあるという。

 そんな慢性痛を減らすためにはどうすればいいのだろうか。柴田教授は「米国やドイツなど欧米では、ほとんどの国に慢性痛を専門に診る医療施設があり、治療で改善する人も多い」と話す。

 専門病院では、医師や薬剤師のほか、痛みの知識をもつ臨床心理士や理学療法士がいる。検査でもわからない痛みを抱え、仕事を休みがちな患者に対し、社会復帰プログラムを実施している。

 治療は心理的なカウンセリングと体を動かすなどのリハビリが中心。患者は麻薬系の鎮静剤などを使いすぎているケーあり、治療中に徐々に薬を減らす処置も行われるという。

 一方、日本では、心理面などのケアも行える総合的な慢性痛の専門診療科はないのが現状だ。柴田教授は「医師自身が、検査で異常がなければ問題ないと考えるケースが多く、投薬だけで済ますのが普通だ」と指摘する。病院内で働いている臨床心理士の数が少ないことも痛みを総合的に診ることを難しくしている。

 いたみ医学研究情報センターでは、市民公開講座などを開いて市民に、慢性痛の実情やつきあい方などを教えている。慢性痛に関する医学生用の教育資材も今年度中に完成させる予定だ。

 製薬会社のヤンセンファーマー(本社・東京)では、地域の開業医や整形外科医に慢性痛の知識や正しい治療法を普及させるセミナーを行っている。様々なパターンの患者の診療シーンを再現したビデオを使用。鎮痛薬が利きやすい患者と、ストレスなどが痛みの原因で投薬以外の治療が必要な患者とをわかりやすく説明している。無駄な治療をなくし、治らないことによる患者の医療不信も防ぐ効果を狙っている。

尼崎中央病院の三木健司整形外科第二部長は「慢性痛の患者が訪れるのが一番多いのが整形外科。しかし、データでは半分近い人が満足していない。治らない、納得いく説明が得られないというのがその理由だ。整形外科医が上手に痛みを治療することが求められている」と話している。

「日本でも『痛みは病気』という考え方が広まってくれれば」と話す柴田教授
慢性痛の相談ができる団体
◇線維筋痛症友の会
(本部・横浜)
http://www.jfsa.or.jp/
電話045-845-0597(本部)077-752-4334(いけだNPOセンター内)
◇日本せきずい基金
(本部・東京)
http://www.jscf.org/
電話042-366-5153




いたみ医学研究情報センター市民公開講座
 「痛みのエキスパートに聞く」
11月20日午後2時半~4時。
大阪府豊中に新千里東町の千里ライフサイエンスセンター。

「あなたの痛み、それでいいの?やっていいことと悪いこと」の題で北原雅樹・慈恵大ペインクリニック科診療部長が、 「膝の痛みとうまく付き合う方法」の題で宗田大・東京医科歯科大整形外科教授が講演する。無料。定員300人。
 問合せ、申し込みは大阪大医学系研究科疼痛医学講座
(電話 06-6879-3745、メール secretary@pain.med.osaka-u.ac.jp)