がん共生時代 こころ

 ≫読売新聞 医療ルネサンス No.5076   2011.5.10

    

◎癒しほぐすマッサージ

 「早く人生にピリオドを打ちたいんだよ」
 マッサージを受けていた男性患者(68)がつぶやいた。
阪和第二泉北病院(大阪府堺市)の緩和ケア病棟。
男性患者は末期の肺がんで、近くの病院から1か月前に移ってきた。
 「そうはいっても、いろんな思いがおありじゃないですか?」
手は休めずに、同市在住の橋本富美子さん(69)が静かに語りかけた。
橋本さんはボランティアで、6年前から毎週1回、希望する患者にマッサージを施している。

 「そりゃあ、気になることはある」と男性。
マッサージは心も柔らかくする。ぽつぽつと会話が紡がれていく。
橋本さんは「病棟の経緯や心配事、家族への思いなどをよく聴きます。終わった時に『自分を見つめ直さなくては』と心の内を漏らす人もいます。」と話す。

 橋本さんは26年前、娘を10歳で亡くした。学校のプールで心臓まひを起こし、最後の5日間は集中治療室にいた。絶望感に襲われながら、心の中で語りかけ続けた。友人らの励ましで、最後には「さよなら」が言えた気がした。 2年後に夫の仕事でアメリカへ。大学で社会福祉を学び、実習の場には週末期患者ケアを行うホスピスを選んだ。娘にもたらされた「死」を理解したいという思いがあったためだ。マッサージの資格を取り、帰国までの12年間、ボランティアで毎週、約10人の患者に施術した。患者の笑顔に娘の笑顔を重ねていた。
 
 米国では、ホスピスに聖職者(チャプレン)がおり、命の限られた患者の心を癒す役目を果たしている。帰国後、関西地方の病院付チャプレンや、キリスト教や仏教系の大学教員が中心となった「臨床スピリチュアルケア協会」(2005年設立)の研修に参加。米国の病院のチャプレンに「あなたのマッサージは患者の心を癒す」と言われたのが動機だった。
 マッサージは、患者が自分の内面と向き合ってもらうための手助けだと、橋本さんは考えている。研修の参加者には、鍼灸師やアロマセラピスト、音楽療法士などもいる。
 
 同協会代表(元・淀川キリスト教病院チャプレン)の窪寺俊之さんは「国内にチャレンプがいる病院は20くらいと少ない。橋本さんのようにボランティアでも、心のケアにかかわれる人を増やしたい」と話す。(渡辺理雄)